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鹿児島地方裁判所 昭和38年(ワ)139号 判決

原告 有村篤義 外一名

被告 国

訴訟代理人 高橋正 外六名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一、原告両名がその主張どおりの期間それぞれその主張のとおりの映画興行場を経営していたところ熊本国税局長が原告両名主張のとおり昭和三四年七月一〇日付通告書により原告両名に対し、原告有村篤義は入場税合計金一六万一、四〇〇円の納税を免れ、原告有村商事合資会社は入場税合計金三〇七万五、四七〇円の納税を免れ又は免れようとしたものとして国税犯則取締法第一四条第一項による通告処分をなし、さらに同三五年七月一三日原告両名を右の逋脱犯として鹿児島地方検察庁に告発したこと、その結果原告主張の経過で鹿児島地方裁判所において原告両名が有罪判決をうけ右判決は確定したが、右刑事判決において認定された逋脱税額は、原告有村篤義が金一万、五三四〇円、原告会社が金三四万四、一七〇円にすぎないこと、一方川内税務署長は前記通告処分の履行期間内である同三四年七月一六日、原告両名に対し入場税調査決定通知書を以て課税標準額を通知し、また原告らに入場税額等を納入するよう告知したこと、および原告らが原告ら主張の日にその主張の入場税額等を熊本国税局に納人したことは当事者間に争いがない。

第二、原告両名は、脱税犯に関する刑事裁判が進行中は税務官庁においても独自の立場で課税標準額を決定通知し賦課処分に及ぶことはできないから、本件賦課処分は無効であると主張するので右主張の当否について判断するに、刑事訴訟の目的からみて、逋脱犯に関する刑事判決は当該犯罪に対する刑罰権の存否範囲を確定するだけにすぎず、課税権の存否範囲を確定する効力はなく、その逋脱税額の認定が行政事件訴訟法第三三条に規定されるような拘束力を有しないことは明白である。従つて当該税務官庁は逋脱犯にかかる刑事裁判が進行中の場合といえども、本来の職務権限に基づき独自の立場で自己の調査したところに従い課税標準額を調査決定してこれを賦課徴収することができるものと解される。当時の入場税事務規定第三一条第四項は、税務官庁の内部において入場税課税標準額決定決議書を作成する際にどんな書類を添付すべきかについて規定したもので、右の内部規定があるからといつて直ちに犯則事件として刑事裁判が進行中の事件については税務署長が独自の立場で課税処分をすることができず、その間になされた課税処分は全て無効であるということにはならない。結局この点についての原告らの主張は理由がない。

第三、次に原告らは通告処分の履行期間中は少なくとも課税処分はすることができず、右期間中になされた本件課税処分は無効であると主張するので按ずるに、通告処分は一種の私和処分的な性格を持つものであるが、これは又逋脱犯があつたときに発動される処分で告発、起訴、刑事判決など後行する制度と相並んで刑事手続の一環を構成するものであるから本来の課税処分制度とは別個独立の制度であるものというべく、従つて課税処分が先行しているときにも通告処分をすることが可能であると同様に、本件課税処分の如く通告処分の履行期間中になされた処分であつても違法とはいえないものと解される。この点についての原告らの主張もまた理由がない。

第四、次に原告らは、本件課税処分はきわめて恣意的専断的になされた課税標準額調査決定に基づいてなされたものであるから重大かつ明白な瑕疵があり無効であると主張するので判断する。

一、まず本件課税処分のためになされた逋脱額算出の経緯および結果を見るに、成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、乙第一ないし第九号証(なお乙第三、四号証は原本存在も争いがない)ならびに証人岩田勇の証言によれば、熊本国税局間税部収税係官らは昭和三四年一月ごろから、原告会社の経営する若草東映と有楽映劇との二館の興行収入の申告額がフイルム代と申告額との比較等各種の机上推計資料に照らし過少であることに疑問をいだき現場内偵をすすめた結果現金入場や入場券再使用等の入場税逋脱行為を現認したので同月二五日強制捜査にふみきり、差押帳簿等を検討したところ原告会社名義の正規の預金口座とは別に簿外金があることについてほぼ確実な心証をえたので同年二月はじめごろ鹿児島銀行川内支店を調査した結果「福山トキ子」「東佐代子」名義の原告会社の簿外預金を発見したこと、同係官らは同月一二日ごろ右の簿外預金の預金源を中心に原告会社代表者有村篤義および同人と共に両映画館経営に参画していたその妻有村時子から事情を聴取したところ、右の簿外預金の預金源岐別途借入金を混入した場合や一度引き出した金額を再び繰り入れた場合など若千の例外を除きその大部分は逋脱興行収入であり、逋脱分は原告会社の会計帳簿には記載されていないとの供述をえたので、同人らの供述を参考に、右簿外預金のうち適脱興行収入と認め難い項目例えば一日に多額の預金をしていてとうてい当日だけの興行収入とみがたい項目や一日に二口預金している場合の一口等を適宜除外して原告両名の興行収入よりの預金分をつとめて控え目に認定したうえで、これを原告両名より既に申告され或いは申告予定されていた前記両映画館それぞれの月別入場料収入額に基づいて算定される両館の各月別入比率に従い両館に割りふりをし、これを各館ごとに右申告ずみ乃至申告予定月割入場料収入額に加えてそれぞれの月別現実収入額を算出し、更に前記有村時子の申述に基づき夜間は割引料金による中途入場者のあること等を考慮に入れて、右算出額のうち高税率の入場料金による収入分の半額はこれを低税率の入場料金による収入であつたものと扱つて、税額が少な目になるようその算出方法に修正を加えるなど詳細な推計作業を続け、原告有村篤義については合計金一六万一、四〇〇円、原告会社については合計金三〇七万五、四七〇円を逋脱税額として算出のうえ同月一五日ごろ有村篤義およびその妻時子に示したところ、実際の逋脱額より多くないことは確かであるとして了承を得たため、川内税務署長において右算出額に基づき前記当事者間に争いのない賦課処分に及んだこと、右算出額は原告有村が昭和三〇年一〇月より昭和三一年二月に至る間若草東映の個人経営に関して入場税を逋脱し、通告処分を受けた末通告どおり自ら全額納付した際の逋脱額と対比しても一日当りの金額にしてほぼ同程度のものであることが認められる。原告有村本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

二、もとより前記当事者間に争いのない刑事裁判手続において訴因変更後の公訴事実のとおり認定された原告両名の逋脱額と本件賦課税額との間に著しい懸隔の存することは明らかであるが、逋脱犯に関する刑事判決の効力が課税権の存否範囲を確定するものでないこと前記認定のとおりであるのみか、検察官においては有罪判決の基礎とするに足る確実性のあると信ずる事実のみを公訴の対象として維持するものであること、および右確実性は公判手続中における被告人の供述、参考人の証言等の変転によつても覆えされないと検察官において考えるだけの証拠の裏付けによつて保たれるもので、公訴事実が客観的に存する違反事実中の一部に限られる場合のありうることは裁判所に顕著な事実であり、かたわら証人岩田勇の証言によれば、右刑事裁判の担当検察官は被告の前記調査方法とは異なり、専ら具体的逋脱行為にたずさわつた入場券販売係、入場受付係らの供述に基づき証拠を集めて公訴維持に当つたものとうかがわれるので、右懸隔が存するからといつて被告による逋脱額認定が恣意的であつたとする理由にはならない。

三、尤も弁論の全趣旨によれば前記簿外預金中には石油、プロパンガス、煙草等の売上金などの若千混入していた可能性がうかがわれるけれども、反面前記認定のとおり本件逋脱額算出に当つては単に右簿外預金をすべて興行収入の一部と認めたものではなく、原告有村および有村時子の申述にあわせて興行収入でないおそれのあるものを除外した上、更に興行収入と認めた分に基づいて税額を算出するに当つても右両名において現実の逋脱額より決して多くはないと了承するところまでひかえ目な算出方法をとつたものであつて、右簿外預金自体に他の売上金等が若干混入していたとしても前記算出額は原告両名の逋脱額の範囲を出るものでないとうかがうに難くない。また証人岩田勇の証言、原告本人尋問の結果の一部および弁論の全趣旨を綜合すれば、岩田勇ら熊本国税局収税係官による調査後原告有村において川内税務署、熊本国税局等に対し逋脱認定額の修正方申し入れたことが認められるが、原告有村本人尋問の結果によつても右申し入れが前記算出額を覆えすに足る合理的根拠に基づいてなされたものと認めることはできず、その他これを認めるに足る証拠はない。

四、以上認定の本件事実関係によれば本件課税標準額の調査決定が恣意的専断的になされたものである事実は認められず寸熊本国税局は職務の誠実な履行として要求される程度の調査を行なつて本件課税標準額を調査決定したものといいうべく、従つて右調査決定をへてなされた本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵が存したものとはとうてい認め難い。したがつて原告らのこの点についての主張もまた理由がない。

第五、よつて本件課税処分については違法はなく国はこれによつてなんら不当に利得したことにはならないからその余の判断をまつまでもなく原告らの本訴請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利智 横畠典夫 三井善見)

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